最高裁判所大法廷 昭和38年(あ)1417号 判決 1966年7月13日
主文
原判決および第一審判決中、被告人林田貞夫、同堀尾茂俊に関する部分を破棄する。
本件中、右被告人両名に関する部分を、熊本地方裁判所に差し戻す。
理由
被告人林田貞夫の弁護人本田正敏の上告趣意は、単なる法令違反の主張であり、被告人堀尾茂俊の弁護人鍛冶良道の上告趣意一は、単なる法令違反の主張であり、同二は、量刑不当の主張であって、いずれも刑訴法四〇五条の上告理由に当らない。
しかし、職権をもって調査すると、原判決および第一審判決中、被告人林田貞夫、同堀尾茂俊に関する部分は、後記のように、刑訴法四一一条一号により破棄を免れないものと認められる。
右被告人両名につき、原判決および同判決の維持した第一審判決が確定した事実によると、被告人林田貞夫は、大阪穀物取引所所属の商品仲買人三福商事株式会社の熊本出張所長、被告人堀尾茂俊は同出張所の営業部長をしていたものであるが、(一)、被告人両名共謀の上、右会社の業務に関し、第一審判決判示の日時、場所で、前後一三回にわたり、委託者柴崎実ほか三〇名から商品先物取引の委託証拠金の代用として第一審判決判示の各種証券、株券の預託を受け、これを共同して業務上保管中、委託者らの書面による同意はもちろん、なんらの承諾を得ないで、委託の趣旨に反し、単一犯意のもとに、熊本市信用金庫ほか二名からの借入金の担保として差し入れ横領し、(二)、被告人堀尾は、右会社の業務に関し、委託者渡辺馨から預託を受けて保管していた商品先物取引の委託証拠金の代用たる第一審判決判示の株券を、取引から生じた債権の弁済にあてるため、同人の書面による同意を得ないで、委託の趣旨に反し、同判決判示の日時、場所で、六回にわたり、単一犯意のもとに、中井商券株式会社ほか一名に対し売却処分した、というのである。第一審判決は、被告人両名の右(一)、(二)の各所為につき、商品取引所法九二条違反の罪の成立を認め、(一)の所為についてはほかに業務上横領罪の成立を認めて両罪が一所為数法の関係にあるものとして処断し、原判決もこれを維持しているのである。
ところで、商品取引所法九二条は、「商品仲買人は、委託者から預託を受けて、又はその者の計算において自己が占有する物をその者の書面による同意を得ないで、委託の趣旨に反して、担保に供し、貸し付け、その他処分してはならない。」と規定しているが、商品仲買人が商品市場における売買取引を受託するにあたり、委託者から担保として徴する委託証拠金の代用たる有価証券(いわゆる証拠金充用証券)が、ここにいう「物」の中に含まれるかどうかについて考えるに、同条は、同法中「商品市場における売買取引の受託」と題する第九章の中にあり、「受託者が占有する商品等の処分の制限」という見出しのもとに委託証拠金に関する規定よりも前に置かれ、文言上もとくに「委託の趣旨に反して」という要件が加えられているところからみると、元来、売買取引の委託と直接に関係のある物、すなわち商品仲買人が注文に応じて売買取引を行なうために委託者から受け取り、または売買取引の結果委託者に引き渡すべき商品(同法二条二項に掲げる綿花以下のもの)およびこれに代わる倉荷証券などについて、その処分を規制しようとする趣旨の規定と解せられる。そして同法九七条一項によると、委託証拠金というのは、商品仲買人が売買取引の委託を受けるについて、取引に関して生ずることのある債権を担保するために徴するものであることが明らかであって、委託者が売買取引に関して生じた債務を履行しない場合に、商品仲買人がこれによって弁済を受け、債権債務を決済するためのものであるから、委託者が売買取引の目的物である商品等を預託するのとは全く異った趣旨で差し入れられるものであり、これを同法九二条にいう「物」の中に含ませて考えることはできない。そればかりでなく、委託証拠金を有価証券で充用し得ることについては、そもそも商品取引所法自体になんらの規定が置かれておらず、それは本件記録上明らかなように、大阪穀物取引所が制定し、所属商品仲買人および委託者が遵守すべきものとしている受託契約準則の一八条に規定されているにすぎないのである。そして同条によれば、証拠金充用証券は、委託者が債務を履行しないときには現金に換えることのできる手続をすませたものでなければならないとされており、あくまでも担保たる委託証拠金の代用をなすものとして扱われていることが認められる。これらの点を考え合せると、同法九二条が、このようなものまでを一切含めて規制しているものとはとうてい認められず、けっきょく証拠金充用証券は、同条にいう、商品仲買人が委託者から預託を受けて、又はその者の計算において占有する物の中には含まれないと解するのが相当である。
したがって、被告人らが、委託者から預り、保管していた本件各証拠金充用証券を、委託者の書面による同意を得ないで担保に供し、あるいは処分したとしても、業務上横領罪の成否を論ずることは別として、少なくとも商品取引所法九二条違反の罪は成立しないものといわなければならない。それにもかかわらず、被告人両名に対し右の罪が成立するとした第一審判決およびこれを維持した原判決は、法令の解釈、適用を誤った違法があり、判決に影響を及ぼすことが明らかであって、これを破棄しなければ著しく正義に反するものと認める。
よって、刑訴法四一一条一号により、原判決および第一審判決中、被告人両名に関する部分を破棄し、同四一三条本文により、本件中、被告人両名に関する部分を第一審裁判所である熊本地方裁判所に差し戻すこととし、主文のとおり判決する。
この判決は、裁判官横田喜三郎、同奥野健一、同草鹿浅之介、同長部謹吾の各反対意見があるほか、裁判官全員一致の意見によるものである。
裁判官奥野健一の反対意見は次のとおりである。
商品取引所法九二条は、「商品仲買人は、委託者から預託を受けて、又はその者の計算において自己が占有する物をその者の書面による同意を得ないで、委託の趣旨に反して、担保に供し、貸し付け、その他処分してはならない。」と規定した所以は、商品仲買人の取扱う取引の大量性と顧客の大衆性とに鑑み、仲買人が取引に関し占有する物について、顧客に無断で委託の趣旨に反する処分を行うことを禁止し、もって顧客の利益を保護せんとするにある。そして、同条は、苟も仲買人が委託を受けた取引に関して自己が占有する物について、何ら制限をしていないのであるから、その種類を問わず、すべてその適用があるものと解すべく、仲買人が顧客に対する債権の担保として預託を受けて占有するいわゆる充用証券は、もとよりこれに包含するものというべきである。すなわち、委託証拠金に代わる充用証券は「仲買人が委託者から預託を受けて、自己が占有する物」に外ならないし、委託証拠金に代わる充用証券は仲買人が売買取引に関して生ずる債権を担保するため、委託者より徴するものであって、委託者がその債務を履行しない場合に、仲買人がこれによって弁済を受けるためのものであるから、かかる目的に反して、これを担保に供し、貸し付け、その他の処分をすることは「委託の趣旨に反する」こと明らかであって、かかる行為を委託者の書面による同意を得ないで行うことは、正に同条の構成要件を充足するものである。従って、充用証券について右九二条の適用を除外すべき何らの理由がないといわねばならない。
このことは、同条と同趣旨を以って設けられ、類似の立言形式がとられている証券取引法五一条第一項についても同条第二項と対比して、同様に解すべきことに徴し疑をいれないところであって、商品取引所法九二条を異別に解さなければならない理由がないのである。
多数意見の如く、若し充用証券に右九二条の適用がないとすれば、仲買人は元来充用証券の上に一種の質権を有しているのであるから民法三四八条により、その権利の存続期間内において自己の責任を以って質物を転質する権利を有し、従って右の範囲において自己の債務のため担保に供することは適法な権利行使であって、横領罪を構成しないことになる。これに反し、右九二条の適用ありとせば、充用証券については右民法三四八条の適用が制限せられることになり、右九二条違反の転質は同時に横領罪を構成することになる(第一審判決判示第一の事実参照)。
以上の理由により、商品取引所法九二条は、商品仲買人がいわゆる充用証券を委託者の書面による同意を得ないで担保に供し、あるいは処分したとしても、その適用がないという多数意見には同調し難い。
裁判官横田喜三郎、同草鹿浅之介、同長部謹吾は、裁判官奥野健一の右反対意見に同調する。
(裁判長裁判官 横田喜三郎 裁判官 入江俊郎 裁判官 奥野健一 裁判官 山田作之助 裁判官 五鬼上堅磐 裁判官 草鹿浅之介 裁判官 横田正俊 裁判官 長部謹吾 裁判官 城戸芳彦 裁判官 石田和外 裁判官 柏原語六 裁判官 田中二郎 裁判官 松田二郎 裁判官 岩田 誠 裁判官 下村三郎)